24年間のひきこもり生活をどう話せばいいのか。
支援者の方を前にして、私の頭の中は真っ白になってしまいました。
支援者の方は、
急かすことなく
静かに待ってくれました。
その沈黙の中で私は少しずつ気持ちが落ち着いていき、
話し始めることができました。
中学生の頃、突然、人前で身体が動かなくなったこと。
これが、始まりだったように思います。
いえ、ここまで私のブログを読んできた方も気づいているかもしれませんが、
もっと子どもの頃から、または、今から思えば、元々、何らかの特性があったのかもしれません。
人と関わる時、動かなかった身体が震えてしまうようになったこと。
それを見られるのが恥ずかしいことだと思っていました。(これには、私の幼少期の出来事が関わっています。※そのことはいつか書くかもしれません)
そんなことが何年か続き、とうとう人と関わるのが、難しくなってしまい、外に出られなくなりました。
「24年間も何をしていたの?」と思われるかもしれません。
家の中では、家事をして、それ以外の時間はただ毎日、テレビを見て過ごしていました。
(以前書いたように、私にはインターネット環境が無かったのです。)
世の中から取り残されているような感覚の中で、時々、勇気を出して行く図書館と、
体調が良い日に読む新聞が、
外の世界との接点でした。
そんな私が外に少しずつ出られるようになったきっかけがありました。
親戚の子を預かる機会があり、「この子を外で遊ばせてあげたい」という思いが芽生えたのです。
私は家族とあまりいい関係ではなかったけど、家にはいさせてもらっていました。
その親から、「もう面倒が見られない、自分でどうにかしろ」と告げられました。
逃げ場が無くなった絶望と、小さなきっかけ。
それらが混ざり合った複雑な思いを、堰を切ったように支援者の方に話しました。
周りの人は、
24年間のひきこもり生活を
”空白” のように、何もしてなかった時間と捉えられるかもしれません。
でも、私にとっては、
何度も人生を辞めてしまいたいと思い詰めるほど、
悩み、必死に今日まで時間を繋いできた、
24年間という長さは親には申し訳なかったけど、重い時間だったと思うのです。
無我夢中でひきこもっていた時の話をしている途中、我に返り、支援者の方が引いているのではないか、とふと顔を見ました。
支援者の方の目が少し潤んでいるように見えました。
私は、優しそうな眼差しで話を聞いてくれている人が目の前にいる安心感からか、そこで泣いてしまいました。
その日の面談がどう終わったのか、私は覚えていません。
話終わって自分だけが話しすぎたのではと不安になり、
終わったことだ仕方ない、と自分を受け入れ、久しぶりに人と話した疲れをどっと感じつつ家に帰ったことだけを覚えています。

