04 24年間の沈黙が破られた日

その日の午後、

返信は届いていました。

けれど、

私がそれに気づいたのは、

FAXを送った翌日のことでした。

親が先にFAXが届いていることに気づいて、

いつも読んでいた新聞の一番下に

本文を伏せた状態で私の部屋の前に置いていたのです。

その頃の私はうつ状態がひどく、

新聞を手に取ることができたのは午後遅くになってからでした。

新聞の下からFAXの紙を見つけた瞬間、

血の気が引きました。

親にFAXを読まれてしまったのではないか。

支援機関に連絡したことを

知られてしまったのではないか。

親の様子をそっと伺いました。

何も言ってこない。

幸い、読んでいないようでした。

親が読んでいないと分かっても、安心はできませんでした。

支援を受けられるのか。

24年間もひきこもっていた私を、

「ここでは支援できない」と断られるのではないか。

私はFAXの紙を手に取りました。

手が、とても震えていました。

返信には、

負担のない形でもいいので、

できれば一度お会いして、詳しくお話を伺いたい

と書かれていました。

その一文を読んだ瞬間、胸がざわつきました。

いきなり人と会うことが、自分にできるのか。

不安でいっぱいになりました。

会うことを想像しただけで、また体が震えました。

どんな内容で返信をしたらいいのか、分からなくて

一日、何も書けませんでした。

でも、すぐに返信をしないと、

本当に相談する気があるのか疑われるのではないか。

そんな焦りが湧いてきました。

ここで立ち止まったら、また何も変わらない。

どこかで、もう後戻りはできないのだと分かっていました。

私は、覚悟を決めて

FAXで返信を送ることにしました。

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