02 働けるとは思っていませんでした

24年間もの間、ひきこもっていました。

外で働くことが本当に怖かったです。

自分が働けるとは思っていませんでした。

なぜなら、人と関わることが怖かったから。

長く社会から離れていた分、

普通に会話ができる自信がありませんでした。

私がひきこもりをやめたきっかけは、

母が重い病気で倒れたことでした。

ある日、動きづらい身体で母が私の部屋に来て、

「このままでどうするの!」

と叫びました。

今までも、似たような言葉を言われたことは何度もありました。

父からは、

「生活が苦しくなっている。もうお前のことまで面倒を見られない」

母には以前から、

「自分のことは自分でどうにかしなさい」

と言われていました。

当時の私は、

それらの言葉で

親から突き放されたように感じていました。

けれど今なら、

あの時の二人にも余裕がなかったのだ思えます。

それでもーー

二人の言葉が、

ひきこもりを本当にやめなければならないと

決心するきっかけの一つになったのは、確かです。

いつもだったら、喧嘩になったり、黙り込んだりしていました。

何も変わりませんでした。

ずっとこのままでいたいわけではなかった。

でも、

「どうやって、ひきこもりをやめていいのか」がわからなかった。

その時も、病気の母に何も言い返せずにいました。

今までなら、どうにもならないと思っていたので、悪い方向へ考えてしまうことがありました。

多分、同じように追い込まれたことのある人ならわかる感覚かもしれません。

私も同じでした。

でも、今回は違っていました。

ちょうどその頃、市の広報誌で、

長く引きこもっていた人が、公的な支援を受けて働き始めた

という記事を読んでいたのです。

その記事が、心に残っていました。

ここに相談に行けば、24年間ひきこもりの私でも、ひきこもりを抜け出せるのかもしれない。

そう思えました。

そこで初めて、私は社会と関わる決意をしたのです。

それにはまず、その支援機関に連絡を取らなければなりません。

ですが私は、人と話す、

ましてや電話が特に苦手でした。

緊張すると、声が出なくなることがあったからです。

子どもの頃から、人前でうまく話せないことがありました。

だから、電話をかけるという選択肢は、最初からありませんでした。

しかもその頃の私には、ネット環境もなく、スマートフォン(ガラケーさえも)も持っていませんでした。

唯一私が連絡できる手段としてFAXだけはありました。

まずFAXで連絡を取ることに決めました。

親とは険悪な関係だったので、この決意は、話しませんでした。

たった一枚、FAXを送る。

それだけなのに、私にとってはとても勇気がいる行動でした。

続きは次回へ

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私はいわゆる、長期ひきこもりでした。その期間24年。あの、引かないでもう少し読んでみてもらえませんか。実は、このことを書くのは、すごく怖かったです。24年間。自分でも強烈な年数だと思うから。今まで関わってきた人の中で、わずかな人にはこのひき...